2014年10月06日
③今回のDEVGRUアサルターの装備において役に立つ前提条件
HRまで残すところ1週間を切りました。
皆様当日のご準備は出来ましたでしょうか。
土曜日から現地入りをされる方も多いとは思いますが、現地は非常に冷え込みます。
リエナクトという意味合いで、コスプレに使える防寒アイテムで揃えるのはもちろん良いのですが、
そちらにコダワリすぎて寒いのを我慢し体調を崩すのは、翌日の事を考えると非常にもったいないです。
タウンユースのダウンジャケットの下にフリースを着込んでレイヤリングをする等でも問題ありません。
防寒対策・体調管理だけは、個々の対応でしっかりお願いします。
③今回のDEVGRUアサルターの装備において役に立つ前提条件
前回大手を振って告知してしまいましたが、今回はこういった内容で記事を書いてみようと思います。
まずはDEVGRUの各スコードロンがどういった任務を繰り広げているかという事に関して。
これに関しては、実際の展開の話がありますのでそれらをご紹介させて頂きます。
①山間部キャンプ襲撃
※実際にタリバンの部隊に密着取材をしたノルウェーの映像撮影チームが、CNNのあるドキュメンタリー番組内でした証言です
<<タリバンは執拗なゲリラ攻撃を米軍に対して展開していたが、米軍はそれに対しての反撃の準備が整った・・・>>
ある午後。エリアの周りを飛行機が飛んでいた。
「家に入っていろ」
タリバンのコマンダーは私たちにそう指示をした。
その一日は絶えず飛行機の音がしており、コマンダーはある懸念をしていたようだった。
飛行機のジェット音を普段タリバン達はあまり気にしない。しかし彼らが恐れている一面もある。
彼らが震え上がるのは決まって輸送機の音だ。
それは大量の重機関銃とキャノン砲を装備している。(AC130のことだと思います)
そしてなにより、これは特殊部隊のオペレーションに合わせて活動し、そのオペレーションの間航空支援を展開する輸送機だという事をタリバン達は皆知っていた。
結局その飛行機は飛び去り、夜が来て私たちは眠りについた。しかしそれは長く続かなかった・・・。
私は夜中、周回する輸送機の音で目を覚ました。
音は谷に鳴り響いており、録画するために私はビデオカメラをセットしようとした。
するとタリバンのコマンダーがドアを叩き、こう言いながら入ってきた。
「私物を持ってすぐに出て行くんだ!!そして走れ!!!!」
すぐさま私たちは逃げ出し、放棄された古い小屋を見つけそこで一晩過ごした。何度かの爆発が続き、その一晩は常に発砲音が聞こえていた。
長い夜は終わった。
朝早くに撮影スタッフは隠れていた小屋から出てコマンダーの家に向かい、そして何が起こったのかを知った。
沢山のタリバン、そして彼の直近の中尉(相当ということでしょうか)が特殊部隊のレイドで殺されたようだった。
コマンダーはそこに座っていた。彼は知っている沢山の人々を失い、子供の様に泣いていた。
そして彼は次のターゲットになる事を恐れ、家族とともに逃亡することを決めた。
②山間部タリバンチーム殲滅
クナール州のあるISAFの前線基地に攻撃を繰り返していた、タリバンの反乱分子を皆殺しにしたレッドチームの話
稜線上の4マイルのハイキングの後、アサルターチームは気づかれる前に3つのターゲットの建物に同時にエントリーし火蓋をきった。
Suppressed RECCE sniper fireの援護により、彼らは被害ゼロで一方的な殺戮を繰り返し、最終的に17キルカウントをした。
コンパウンドを強化したり、脱出するDEVGRUを追おうとするタリバンにはAC130の容赦ない攻撃が降り注いだ。
③山間部ホステージレスキュー
2008年8月、米国陸軍工兵隊のエンジニアが捕虜になった。
ワーダック州の山間部で捕虜を収容しており、タリバン達はこの危険な地形が救出の試みを阻止するのに十分な抑止力になると確信していた。
だが彼らは間違っていた。
DEVGRUは9.11以降、様々な困難な状況や環境においてノンストップで展開しており、そういった問題は克服していた。
そして10月に場所の特定が終わった時にはDEVGRUの準備は完全に整った。
3つのチヌークにはDEVGRUとレンジャー混成の約60人の兵士が乗っていたと予想される。
約2ダースのDEVGRUは、彼らの山岳部での経験を最大限に生かすために目的地から数マイル下にランデブーし、
静かに4時間以上かけて目的地まで向かった。
午前3時。
彼らに気づかれることもなく7人のアサルターは静かに侵入して、外の1人と中の1人をサプレッサーを付けた銃で撃ち殺し、人質を無事に救出した。
③山間部ハイバリューターゲット殺害
2010年3月、血に飢えたクナール州のタリバン組織のリーダーを、DEVGRUは野心的に狙っていた。
2008年からずっと追い続けていたターゲットであり、またテロの計画を立てているという分析であった。
古典的なDEVGRUのミッションである
ゴールドスコードロンは非常に狭い渓谷で、2機のチヌークからファストロープで降り、
暗闇のなか目標に向かって山岳部を6時間かけて横断した。
その村は緑豊かな狭い谷に囲まれており、付近の住民は皆敵対勢力であった。
DEVGRUはコンパウンドへの侵入に成功し、目標本人とそのガードを殺すことが出来た。
しかし全方向からの銃火にさらされてしまった。
なんとかAC130の援護のもと"蜂の巣"を脱出することが出来たが、その戦闘のさなか
SOC Adam Lee Brownが銃傷により死亡した。
R.I.P
というように、DEVGRUは様々な襲撃任務を繰り広げています。
この4つはあくまで一例なので、想像もできないような任務についている方もいるかと思います。
ただ、アフガンでは移動距離からして必然的に行き・帰りでヘリに乗る事が非常に多い
と思います。
セーフティーランヤードを付けていると説得力が増すかもしれません。
またセーフティーランヤードをその時は付けていなくても、
度重なるパラシュート降下のトレーニングでただでさえ付ける機会が多いDEVGRUですので、革のベルトよりもリガーベルトの方がいいと個人的には思います。
砂塵対策や脱落防止の策を練った装備というのも、そういった機会を意識していることが分かってGoodかと。
という形でご案内でございました。
次回はこの期間にいただいた「Q&Aのまとめ」です。
明日の更新となりますので、またご覧頂ければと思います。
宜しくお願いいたします。
皆様当日のご準備は出来ましたでしょうか。
土曜日から現地入りをされる方も多いとは思いますが、現地は非常に冷え込みます。
リエナクトという意味合いで、コスプレに使える防寒アイテムで揃えるのはもちろん良いのですが、
そちらにコダワリすぎて寒いのを我慢し体調を崩すのは、翌日の事を考えると非常にもったいないです。
タウンユースのダウンジャケットの下にフリースを着込んでレイヤリングをする等でも問題ありません。
防寒対策・体調管理だけは、個々の対応でしっかりお願いします。
③今回のDEVGRUアサルターの装備において役に立つ前提条件
前回大手を振って告知してしまいましたが、今回はこういった内容で記事を書いてみようと思います。
まずはDEVGRUの各スコードロンがどういった任務を繰り広げているかという事に関して。
これに関しては、実際の展開の話がありますのでそれらをご紹介させて頂きます。
①山間部キャンプ襲撃
※実際にタリバンの部隊に密着取材をしたノルウェーの映像撮影チームが、CNNのあるドキュメンタリー番組内でした証言です
<<タリバンは執拗なゲリラ攻撃を米軍に対して展開していたが、米軍はそれに対しての反撃の準備が整った・・・>>
ある午後。エリアの周りを飛行機が飛んでいた。
「家に入っていろ」
タリバンのコマンダーは私たちにそう指示をした。
その一日は絶えず飛行機の音がしており、コマンダーはある懸念をしていたようだった。
飛行機のジェット音を普段タリバン達はあまり気にしない。しかし彼らが恐れている一面もある。
彼らが震え上がるのは決まって輸送機の音だ。
それは大量の重機関銃とキャノン砲を装備している。(AC130のことだと思います)
そしてなにより、これは特殊部隊のオペレーションに合わせて活動し、そのオペレーションの間航空支援を展開する輸送機だという事をタリバン達は皆知っていた。
結局その飛行機は飛び去り、夜が来て私たちは眠りについた。しかしそれは長く続かなかった・・・。
私は夜中、周回する輸送機の音で目を覚ました。
音は谷に鳴り響いており、録画するために私はビデオカメラをセットしようとした。
するとタリバンのコマンダーがドアを叩き、こう言いながら入ってきた。
「私物を持ってすぐに出て行くんだ!!そして走れ!!!!」
すぐさま私たちは逃げ出し、放棄された古い小屋を見つけそこで一晩過ごした。何度かの爆発が続き、その一晩は常に発砲音が聞こえていた。
長い夜は終わった。
朝早くに撮影スタッフは隠れていた小屋から出てコマンダーの家に向かい、そして何が起こったのかを知った。
沢山のタリバン、そして彼の直近の中尉(相当ということでしょうか)が特殊部隊のレイドで殺されたようだった。
コマンダーはそこに座っていた。彼は知っている沢山の人々を失い、子供の様に泣いていた。
そして彼は次のターゲットになる事を恐れ、家族とともに逃亡することを決めた。
②山間部タリバンチーム殲滅
クナール州のあるISAFの前線基地に攻撃を繰り返していた、タリバンの反乱分子を皆殺しにしたレッドチームの話
稜線上の4マイルのハイキングの後、アサルターチームは気づかれる前に3つのターゲットの建物に同時にエントリーし火蓋をきった。
Suppressed RECCE sniper fireの援護により、彼らは被害ゼロで一方的な殺戮を繰り返し、最終的に17キルカウントをした。
コンパウンドを強化したり、脱出するDEVGRUを追おうとするタリバンにはAC130の容赦ない攻撃が降り注いだ。
③山間部ホステージレスキュー
2008年8月、米国陸軍工兵隊のエンジニアが捕虜になった。
ワーダック州の山間部で捕虜を収容しており、タリバン達はこの危険な地形が救出の試みを阻止するのに十分な抑止力になると確信していた。
だが彼らは間違っていた。
DEVGRUは9.11以降、様々な困難な状況や環境においてノンストップで展開しており、そういった問題は克服していた。
そして10月に場所の特定が終わった時にはDEVGRUの準備は完全に整った。
3つのチヌークにはDEVGRUとレンジャー混成の約60人の兵士が乗っていたと予想される。
約2ダースのDEVGRUは、彼らの山岳部での経験を最大限に生かすために目的地から数マイル下にランデブーし、
静かに4時間以上かけて目的地まで向かった。
午前3時。
彼らに気づかれることもなく7人のアサルターは静かに侵入して、外の1人と中の1人をサプレッサーを付けた銃で撃ち殺し、人質を無事に救出した。
③山間部ハイバリューターゲット殺害
2010年3月、血に飢えたクナール州のタリバン組織のリーダーを、DEVGRUは野心的に狙っていた。
2008年からずっと追い続けていたターゲットであり、またテロの計画を立てているという分析であった。
古典的なDEVGRUのミッションである
ゴールドスコードロンは非常に狭い渓谷で、2機のチヌークからファストロープで降り、
暗闇のなか目標に向かって山岳部を6時間かけて横断した。
その村は緑豊かな狭い谷に囲まれており、付近の住民は皆敵対勢力であった。
DEVGRUはコンパウンドへの侵入に成功し、目標本人とそのガードを殺すことが出来た。
しかし全方向からの銃火にさらされてしまった。
なんとかAC130の援護のもと"蜂の巣"を脱出することが出来たが、その戦闘のさなか
SOC Adam Lee Brownが銃傷により死亡した。
R.I.P
というように、DEVGRUは様々な襲撃任務を繰り広げています。
この4つはあくまで一例なので、想像もできないような任務についている方もいるかと思います。
ただ、アフガンでは移動距離からして必然的に行き・帰りでヘリに乗る事が非常に多い
と思います。
セーフティーランヤードを付けていると説得力が増すかもしれません。
またセーフティーランヤードをその時は付けていなくても、
度重なるパラシュート降下のトレーニングでただでさえ付ける機会が多いDEVGRUですので、革のベルトよりもリガーベルトの方がいいと個人的には思います。
砂塵対策や脱落防止の策を練った装備というのも、そういった機会を意識していることが分かってGoodかと。
という形でご案内でございました。
次回はこの期間にいただいた「Q&Aのまとめ」です。
明日の更新となりますので、またご覧頂ければと思います。
宜しくお願いいたします。
Posted by 溺蛙 at 03:30│Comments(0)
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